2008.2.22

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私の右耳には穴が二つ空いてゐる。と云っても實際のところ、その余分な穴というのは貫通してはおらず、どこまでか深めの洞穴のやうになってゐるのである。詳しく調べた訳ではないが、なにぶん小さなものなので、その奥行きはわからぬ。産まれたときからある、單なる畸形の一種だといふ。

聲ならぬものの聲を聽く――などといふ色があればそれもまた面白いが、さういったことはない。耳掃除の手間が幾分かかるだけである。

しかし耳の拡大なぞ、あまり見て氣持ちの良いものではなからう。お詫びする。

2007.2.24

ものごとの王道が、その人にとっての正解とは限らない。

“正”しく理“解”することが、「正解」と言ふならば、正しさとはなんだといふのか。

2007.4.2

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空を仰ぐやうにして、春風を頬や髪に感ずる… 
足元の蒲公英が ひどく懐かしげに言ふのです
めぐりめぐつて、はじめまして そしてこれからもどうぞよろしく
私たちは、何世代も互ひに入れかはりあつて
かうして出遇つてゐるのですね、と
冬が過ぎれば春が來るやうに、またいつか會ひませう

2006.3.8

夏ごろに撮ってゐた寫眞に比べて、私は、寫眞の中に私らしさを表現できてゐるだらうか? 周りの寫眞、みんなの寫眞、カメラ自体に、私はふりまはされてしまってはゐないだらうか?思ったとほりの畫を撮ることは確かに難しい。自分が納得できるものが本當になかなか表現できなくて、内心ざわついてゐたやうに思ふ。これは、私の中では寫眞にいらついたり、それ以外の現實問題に對する苛立ちとはまったく別箇に存在する悩みの根源である。多分現實的に分析すればカメラに慣れてゐない、そして表現の幅が急に広がったことに追いつけてゐないのだらうと思ふ。私はいま、もがいてゐるのだ…。

それでもたまに、私が夢中で撮った寫眞のうちに、自分を強引に肯かせるやうな畫が撮れることがある。あくまで自分自身を納得させるだけに過ぎないが、暗にそれはスタートラインに立つために必要なものなのだ。

その作品が、おそらくこの日の中にたまたま現れた、三枚目の寫眞である。奇しくも悩んだり、樂しみながら撮ったその日の寫眞のうち、これは一番最初に無心でたゞ風車の寫眞を撮らうと思っただけのものだった。まったく、もがいてゐる私らしい。

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2006.2.7

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車を運転して歸宅する私は、時々過去の交通事故がフラッシュバックする、といふか、想像が私の体をこはばらせることがある。

過去、私は何度か車にはねられて、入院したり、死に掛けたりした。

幸ひ今、それらの後遺症はあまりなく、健常な生活を送ってゐる。事故で芯の曲がった自転車にしばらく乗ってゐたため、体の軸がゆがんでバランス感覺が狂ってしまったといふのはあるが…。

それで、車に衝突する、リアルな衝撃といふのを突然思ひ出すことがある。ものすごく鈍い痛みが、表面的に、それから重なるやうに私を激しく揺らす。次にやってくるのは嘔吐感だ、と想像できる。できるが、實際にはやってこない。私はいま、事故にあったのではない、と自分に言ひ聞かせる。

本當のフラッシュバックは、視覺情報もそれに侵されるらしい。

ゆえに、私のそれはフラッシュバックといふわけではないと思ふ。ただ、私の記憶が昔の感覺を唐突に、奥深く沈んでゐる私の記憶を引きずり出して、私の右の頬を撲つのだ。(私が一番重い事故にあったとき、右半身からトラックにはねられた)

時々、私は生きてゐるのだらうか?と思ふ。

もしかしたら、あのとき死んでしまって、その一瞬の、永遠の夢の中にいきてゐるのではないかと思ってしまふ。この現實が夢だったら、それはよくできた夢だ。いゝことも、わるいこともある。私は夢の中でさえ、成長し、人を不幸にしたり、幸せにしたりしてゐる(らしい)。喜びも悲しみもある。夢さへ見ることができる。

たとえ、あの時私は死んでゐたとしても、ループする映写フィルムが延々とまわってゐるやうなものが私の人生だったとしても、かういふことが生きているといふことなのかもしれない。

2006.2.6

當日は雪が降ってゐた。彼らはいつも昼間はこゝにゐるやうだ。私がかうしてカメラを持ってやつてくるのは、日曜日のこの時間だが、いつもゐるように思ふ。とはいつても、天気が變はつてくると一瞬目を離した隙にでも、どこかへいつてしまふが。

猫を見てゐると思ひ出す。私の實家のそばにも猫が多く集まってゐた場所があった。とはいへそれも、もう十數年前の話だ。今でも集まってゐるのだらうか。中に、人懐こい黒猫がゐた。その子をみかけなくなって、私の足はそこから遠のいていった氣がする。たとい、私が彼女(彼だったのかもしれない)にとって通りすがりの小學生だったとしても、彼女の姿態はひどく私を魅了したのだった。しかし私はなにか餌を与へたりといったことはしてゐなかったやうに思ふ。なぜだらう。

私の實家は猫を飼ふことは、商賣柄不可能だった。猫は爪とぎをするからだ。そしてそれを、本當に完璧に躾ける事は難しい。犬と違って非常に身輕であるから、家族は樣樣なことを危惧してゐた。諸々の理由から、私の家に猫が侵入することはほゞなかったのだった。

私は猫が好きだ。一緒に生活したい。しかし、不思議と私は猫に恐怖すら覚える。彼らは、きはめて人間に近いと感じるからだ。もちろん猫も十人(匹)十色、さまざまな性格がゐるのはわかってゐても…。彼らは、果たして私のやうな人間と一生を、ともに過ごすだらうか?きはめて限られた人間しかさうしないやうに、彼らはおそらく私の空間から立ち去っていく氣がする。寿命の理由ではなくて…。 

こゝまで書いてゐて気づいたが、私は少しづつ言葉を取り戻してゐるやうだった。私が六年ほど前の自分に戻るには、もうしばらくかゝりさうだ。(もっとも、本當に戻らうとしてゐるわけでも、今ある現實から違ふものを取り戻そうとしてゐるのでもない)

猫といふと、milkさんが以前飼ってゐた猫を、思ひ出す。(もうそのログは残ってゐない。私がかけたといふ言葉も、私は再現できない。当時の素直な氣持ちを述べたまでだった。慰めになったのかわからない。ただ、私はおそらくmilkさんの何万分の一かしか、その感情をわかってあげてゐられないが、それでも悲しかった。) 短い時間だからといって、パートナーを失ふことの重みは、變はらない。おそらく、實家のあの犬が死んだとき、私は自分の中の一部を殺してしまふのだらう。

私は弱いので、多くのものを殺してしまはなければ、悲しみに耐へられない。

私の中の多くのものだ。

話がそれたが、猫を撮った後、私は植木鉢を撮った。葉のしづかな青さを寫したかった。それから、仙人掌を撮った。二つ並んでいた。戸の向かふの雪が融けるのを待ってゐるやうに見えた。

私も誰かを待ってゐる。

その誰か、は、わかってゐても待つことが必要なのだ。