2006.2.7

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車を運転して歸宅する私は、時々過去の交通事故がフラッシュバックする、といふか、想像が私の体をこはばらせることがある。

過去、私は何度か車にはねられて、入院したり、死に掛けたりした。

幸ひ今、それらの後遺症はあまりなく、健常な生活を送ってゐる。事故で芯の曲がった自転車にしばらく乗ってゐたため、体の軸がゆがんでバランス感覺が狂ってしまったといふのはあるが…。

それで、車に衝突する、リアルな衝撃といふのを突然思ひ出すことがある。ものすごく鈍い痛みが、表面的に、それから重なるやうに私を激しく揺らす。次にやってくるのは嘔吐感だ、と想像できる。できるが、實際にはやってこない。私はいま、事故にあったのではない、と自分に言ひ聞かせる。

本當のフラッシュバックは、視覺情報もそれに侵されるらしい。

ゆえに、私のそれはフラッシュバックといふわけではないと思ふ。ただ、私の記憶が昔の感覺を唐突に、奥深く沈んでゐる私の記憶を引きずり出して、私の右の頬を撲つのだ。(私が一番重い事故にあったとき、右半身からトラックにはねられた)

時々、私は生きてゐるのだらうか?と思ふ。

もしかしたら、あのとき死んでしまって、その一瞬の、永遠の夢の中にいきてゐるのではないかと思ってしまふ。この現實が夢だったら、それはよくできた夢だ。いゝことも、わるいこともある。私は夢の中でさえ、成長し、人を不幸にしたり、幸せにしたりしてゐる(らしい)。喜びも悲しみもある。夢さへ見ることができる。

たとえ、あの時私は死んでゐたとしても、ループする映写フィルムが延々とまわってゐるやうなものが私の人生だったとしても、かういふことが生きているといふことなのかもしれない。

2006.2.7