水中

意識の交感が済んだのちに私たちは
白いレースのかゝつた丸テーブルに
向かひあつて、洋間の窓から
降りてゐる光に少しばかり眠気を覚え
回遊を繰り返している白い浮遊物に、
水の中にゐるやうな心持ちがいたしました。

どれだけ時間が經つたかわかりませんが
あなたの唇が動いたぶんだけ、時間が魚の死骸のやうに
白く乾いてゆくにも似た無機な音を届けたのでした。

 

ままごと

いつもその子とのままごとでは
彼女が棺で運ばれるところからはじまり
皆の悲しむ振る舞いを見て
生き返るところのくり返し

その後何事もなく家庭は眠りにつくが
朝がくればまた彼女は望んで棺にいるのだ

うわ言

こんなことばかり、うわ言だよ。と言う唇が、ことばを耕している。つめたい舌は穴暗い喉の奥からやってきて、文節をまさぐる。刻みたい、とも聞こえる手元はやさしい土くれか。

葡萄、夜白

「熱を冷まし、静粛な気持ちをうながす夜で、私はそこに心なく歩む風なのでありました。その物語では夜は白く明るく、まちの人々はさらさらとした葡萄のような色を、いっとう愛しておりました。」

冬の樹木

薄暗い二重の薬莢が、
灰のよな空をずつと固定してゐる
まばたきをするたび、
私のちいさな悲鳴が指を打つてゐる

樹々はごうごうとさわぎ、
ざわざわとうわさ話をし、
やがて葉もなくなった頃に
いつだつたかあんな人がゐたねと
懐かしむのだつた。

薄明(2020.2.20)

文字を求むる

ひたたる水にそうっと挿してゐる、
あれは行方のない若い頃のわたしだ。
冷たい水に足をのばし、
ふわりと腐つたやうな泥に、
少しづつとらはれてゆくのを、
今のわたしは見てゐるほかない。
たゞその沼を渡らうとするその先に、
欝蒼とした森がたくさんの文字を蓄えて
深緑のくちをゆらゆらとひらいてゐる。

たとい水が冷たくとも、
私の、文字に對する飢ゑは
喉をかきむしるほどに、
擂鉢に穴ひらいてゐるのだつた。