2004.8.31

昨夜は酷い雨と風でした。ゴウゴウ、ビュウビュウと、吹きすさぶ風は、なにかにぶつかってもがく、私のやうでもあり、 この家を壊さむとしてゐるのではないかと、思ってしまふほどの勢いでした。そんな中、私はなかなか眠りに就くこともできず、 うすぼんやりとした部屋の中で、脳裏に浮かぶ誰かの姿を見とめては、或いはそれは幻像にしかすぎないのかもしれませんが、 自分が何かを求めてゐる、ぽっかりと欠けた何かを求めてゐる自分に気付かざるを得ませんでした。

やがて昏々とした意識の闇が、ゆったりと私を包むのを感じました。その境目に立っている不思議な意識は、 まるで自分以外の何かが、自分の奥底に眠ってゐるかのやうに錯覺させるのです。水音、風の音、音ならぬ音が沈み行く自分とすれ違ひ、私はそれを見送ります。そして現實の風の音が、時々不意に私を意識の海から吹き上げて、夜中の時計が次の数字を示すのを視界に捉えては、また現實の薄暗さのなかにたゆたふのです。

時折夢を見ました。木々が鬱蒼と茂ってゐる、森の夢です。或いはそれは山なのかもしれません。私はそこにゐます。 見上げなくとも、空が曇ってをり冷たい雨がずっと木々に降りしきっているのを私は知ってゐました。 私の夢はいつもこの薄暗さの中にあるからです。いつしかそれは雨の日の薄暗さということに気付きました。 そして誰かの聲が聞こえます。聲はこう言うのです。
「…あふれるじゃないか」 「籠を…」 「…あの女」 「灰色だ」 「いずれにせよ、黒い」 「食べるのはよそう」

彼らの聲が断片的に聞こえると、また意識は分断されて、別の眠りへと飛んで行きます。さうして聲の断片が痛みもなく私の中に 突き刺さってゐるのですが、現實に戻った頃にはそのような傷跡は消えてなくなってゐるのでした。