LETTER

先のエントリで、私はコミュニケーションを求めてゐない、忌避してゐると書いた。しかしそれが100%ではない。私は人との繫がりは求めてゐる。自分の処理しきれる人間関係を持つべきだと感じてゐる。SNSで大規模なタイムラインを追ひかけ、關心の範疇に言及するといふ網を投じ、かかる人々…多くはその仮想人物像、いや仮面に迅速な遣り取りを互ひに求め合ふのは私には巨大な負荷となることが時折ある。(仮想人物像はあくまで造られたそのもので、私たちはその仮面の向こうに人間が居ることを承知で會話してゐる) さういふ意味では、手書きの手紙の(堅くない)遣り取りがそのスピードや頻度においても私の性に合うといふのも自身に納得の行く話である。しかしかといつて、SNSから離れるのを寂しく感じるのは、私もこの微温い毒に浸かりきつて長いからだらう。もっともネットワーク上の繫がりを軽視してゐるわけではない。あくまで私自身の処理能力が追い付かないことのもどかしさを言ってゐるのである。

 

喪中葉書を出すのに過去に戴いた手紙や葉書を取り出し、つい遡って讀んでいると、丁度十年前私宛に呉れた友人の手紙を見つけた。その後も今に至るまでずっと手紙での遣り取りをしてゐるが、たまたまその書かれた日付がその日だつたのである。それで私は葉書ではなく手紙でお知らせすることにした。あわせて近況なども。知り合つた當時私たちは大學生で、卒業してからも變はらず遣り取りを願ひはしたが、それが一方的なものでなかつたのだとすれば私は非常に幸運を感じる。環境が變はれば、遠く離れれば、やがて人の緣は薄くなつてしまふものだと、私は思つてゐた。無論このあとのことはわからないが、残してゐる手紙を讀み返すと、その度元氣を戴いたことを思い出すし、それを忘れてはならないと思ふのであつた。

他にも何人か、さういつた遣り取りをしてゐる友人がゐる。氣にはなつてゐる。返事が返つてくるかわからないが、書いてみようと思つた。十年經つてもまだ、私は私のこころの在り樣を捉えやうとしてばかりで、いつまでも一人前の人間になれずにをりますよ、と。