H to R

平成から令和へと渡る。それはひとつの變化でありませうが、かといつて昨日から今日に至つて突然なにか物の見え方から變はるものではないでせう。天皇陛下の譲位に就いては無論おほきな出来事ではありますが、わたくし個人の内面であつたり、その周辺の世界をつくりかへるというとまた違ふものに思はれます。變化といふもの、それが一時代ごと、一年ごと、一日ごと、また一刻一刻に生じてをりますことは、わたくしも理解つてをります。しかし突然視界が開けるやうな劇的なものを、安易にイメエジしては却つて微細な變化を見落とすことになるのではないかと思ふのです。と云つても、その日常の小さな誤差のやうな變化を殊更に強調し乍ら過ごすのはまた大袈裟であり、飽きもしませう。わたくしが大事にしたいと思ふのは、大なり小なりの日々そのものを記録しつゞけてゆくことです。おほきく云へば時代の移り變はり、或いは時代のひと区切りの實感といふのは、その長い記録を振り返るときに生まれるやうに思ひます。平成を撮る、といつたことは、今現在實行されてゐることではありますが、その平成そのものを郷愁とともに實感するには、記録し續けたのち幾ばくか時間が経てからの、一瞬ふと振り返るその時まで得られぬとわたくしには思はれるのです。きつと令和の時代を撮り續けて、何年か、十數年だかしてわたくしは平成の時代を寫眞のなかに見出せるやうな氣がいたします。

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