線条摩擦音

山から望む

私がある地点からあるところへ向かって歩いてゐる、あなたも同様にどこかの地点からあるところへ歩いてゐる、壁にあたると摩擦略取一定の角度に私たちは踵を返し、どこかで交差しては延長する。濃ゆくまじはっては拡張された時間へ、地面へ、進んでは回帰してくフィラメント。そして無数の私とあなたがゆく。

KONICA C35

Konica C35 Flashmatic

なんと愛らしい姿だろう。

写真のカメラは、私が先日新しく購入したコンパクトフィルムカメラである。KONICA C35 flash maticというカメラで、1971年発売。レンズはHEXANON38mm F2.8である。シルバーのこの見た目、コンパクトさにひとめぼれした。片手でそっと覆うように支えもつと、その大きさと軽さ、ひんやりとした軍艦部、ボディの皮の手触り…すべてにいとおしさを感じる。写真自体の写りは私はあまりよくわかっていないが、とてもいいらしい。もちろん中古で仕入れてきていただいたので、まだ一度も現像に出せていない今は不安もあるが。まっとうに写真を撮っている方からすると、いかにもファッションカメラ好きと非難されそうだが、カメラというのは人の所有欲を掻き立て、刺激してやまないものであることを改めて思い起こしていただきたい。D200やDfに対して恋したような想いを起こさせるレベルのものであった。

Konica C35EF

この前に同じKONICA C35のEF、ピッカリコニカと呼ばれるモデルのジャンク品をハードオフで回収してきたのだが、そちらはレンズに曇りかシミのようなものがあり、巻き上げレバーが破損してなくなってもいて、カビやモルトの傷みがひどかった。清掃してとりあえず使えるかなというくらいにはしたので、フィルムを詰めて試し撮りをしたものを今日現像に出したところだ。しかし世界初フラッシュ内蔵カメラとして発売された名品(そして爆発的に普及したらしい)。評判のいいカメラではあるので、きちんと撮れるようなら使っていけたらと思う。まだ染みついたかび臭いにおいが厳しい。

今までまともにフィルムカメラを使ったことも(試用はさせてもらったことがあるが)ないので、なんともわくわくする。いや、子供の頃家にコンパクトフィルムカメラはあったし、レンズ付きフィルム(写ルンです)なんかはもちろん使ってはいたけれど、自分が所有するものとしては初めてだ。それもレンジファインダータイプのものは初。いずれは一眼レフが欲しいけれど、いつになるだろう。いつか借りたことがあるNikon FM2とか憧れる。しかし今となっては他のメーカーも気になる。

minolta SR101

画像のminolta SR101はカビとホコリまみれだったのをかわいそうだったので預かり清掃したもの。試し撮りする前に返却してしまったが、ちょっと使わせてもらったらよかったか。デジタル一眼としては今所有しているNikon Dfのブラックが滅茶苦茶好みで大好きだし、D200も大好きなのだが、フィルム一眼を買うならシルバーボディを手に入れたい気持ちはある。なんとなく。

DSC_1111

Dfを使っていて写欲自体が上がってきているのもあるが、Dfの記事を検索していて見つけた写真ブログ「記憶カメラ」さんが素敵な写真を撮られる…いやそれ以上に、カメラや写真を日常生活に取り入れたなんともいい関係、付き合い方を描いておられる。それにあてられてKONICA C35を購入したのだった。影響をもろに受けている。もちろん同じ写真は撮れやしないので、私なりの写真を撮っていくつもりだが。

移り行くカメラ「Nikon Df」「Nikon D200」

Nikon Df

2018.6.24、Nikon Dfを購入。発売当時、頗る物欲が刺激され、それをおさめるのに苦労した覚えがあるが、発売からやがて5年ともなろうというこの時期になって、いろんなめぐりあわせによって購入に至った。新品でも中古でもない、展示品の売り切りである。外に持ち出されるようなことはなく、落下などもないだろうが、いろんな人の手に触れられてきたという経歴はある。若干の抵抗がないでもなかったが、新品しか店頭になかったのであれば、おそらくは購入にまでは至らなかったに違いない。シルバーの中古はあるにはあったが、つけるレンズとのバランスを考えるとブラックが無難であった。

この日、当日もD200で撮影もしていたし、フルサイズへの憧れも捨てきれないままずっと腹の底にくすぶるものは持っていたものの、それが一気に手元に引き寄せるだけの大きなエネルギーになったのは自分でも驚いている。先ほどもいったように、いろんなもののめぐりあわせなのだろうと思う。

かといって経済的余裕もないので、月々の支払いにすることとして、レンズも原資産があるからよかろうと思ったが、軽いAFの50mmはもっていなかったのでレンズキットであることもそのまま受け入れた。D200が中級機とはいえ重量のあるカメラだったので、Dfは少しばかり軽い。

Nikon D200

上の写真は愛機D200である。

そう、フルサイズ…初めてのフルサイズ機だ。D200を購入したのは2005.12.16、今からもう13年近く前である。当時中級機にはフルサイズデジタル一眼はなかったと思う。CanonのEOS5Dが確かフルサイズで、好みはニコン寄りとはいえ羨ましさを隠せなかったように思う。その時すでにフルサイズの方が当時“憧れていた写真”の雰囲気は作りやすかったのだろうが、実際に触ってみたらD200のシャッターの気持ちよさに満点をつけたのであったっけか。

Dfのシャッターの感覚がD200とはまた違い、少し物足りなさを感じはするけれど、またそれも慣れてくるだろうなと思う。大体にして、自分自身のカメラや写真に対する知識、そしてなにより腕、それらがこの十数年でどれだけ変わったというのだろう。おそらく大して変わってはいない。むしろ環境への慣れが、自分の写真への向き合い方を悪くしていっている自覚さえある。それを少しでも変えたいと思ったのも、いささか荒療治な買い物の理由のひとつであった。写真への、というか身の回りの空間、時間、景色、モノ、ヒト、空気、いろんなものへ、改めて惰性を捨てて向き合いたいと思う。せめて、一番熱をもって走り回った20代の写真とはまた違う、30代の写真を、あと5年もない間になんとか作ってみたい。他人からみればそう変わらなくてもよい。私は何も残せないことに恐怖している。

RICOH GR DIGITAL

サブで使っていた、RICOH GR DIGITAL(初期型)もカメラボックスに入ったままだった。バッテリーが持たなくなって、またカメラをそう持ち歩ける職場ではなかったのもあって、あまり使わなくなってしまった。悲しいことだ。GRDは2007.4.21に購入した。これも2005年、D200と同じ年に発売されたコンパクトデジタルカメラであったらしい。以前持っていたコンデジのLUMIXを不慮の事故で失ってしまい、携帯カメラも今ほど主流ではなかった頃だったのでコンデジが欲しい思いが妙にミーハーな物欲と結実し、これまた高嶺の花を強引に購入したものであった。経済的に余裕があったか?いやなかったろう。しかし仕事が忙しく、体も心も壊れてきていた頃だった。何か現実的な物欲で自分自身と現実を繋ぎとめておく必要があったのだった。カッコイイモノの所有欲が当時の私を満たしてくれたのだと思う。そうして、その年の瀬、勤めていた会社を辞め、別業種へと駆け出して行ったのだった。その中で先述のD200も、GRDも大いに自分を支えてくれたものの一つだった。

GRDは初期不良で一度修理には出したが、今も単四電池を入れれば動く。ちゃんとバッテリーを買いなおしてあげたいところである。近年はモノクロモードで無限遠かスナップでぱっぱぱっぱと適当に撮ってみるやり方をしていた。しかし人を撮るのは怖くて、できない。

レンズはD200購入から数年間の間に集中して収集した。今でも一番の使用頻度の35mmF2Dやプラナーの50mmやら。SIGMAの安めの望遠ズームとかトキナーの広角、Nikkor105mmF2.8VRとか…。今になって85mmくらいのレンズが欲しくはなっているが、あとはもう丈夫で素直でかっこいいD200が10年以上に渡って活躍して今に至る。今でも十分に使えるし、最初に好きになったシャッターの感覚は変わることがない。

Df

そしていらっしゃいませDfだ。フィルムカメラを彷彿とさせる見た目、現行シリーズからすると明らかに一般受けはしないだろうDfだが、これまた格好いい。もうフルサイズデジイチも普及して目新しいものではなくなったが、私自身がシャッターを切って、撮りだされる画は、それはそれは新鮮で、初めてD200や単焦点レンズのボケをみたときの気持ちを思い出した。これからの暑さにも負けずに楽しんで行きたい思いである。だが先の冬の雪がひどかったのと同じくらい今年の夏は暑すぎはせぬか。写真云々言っているうちに暑さで倒れてしまう…。

うだうだ書いたが、Nikon Dfをお迎えした日記であった。おわり。