時は宵の口
とある川添いの街道に小さな屋台がございました

客は髪に白い物が混ざりはじめた初老の頃の、どこにでもいそうな職人風の男がひとり
いつものように青柳の葱ぬたなんぞを肴にちびりちびりと一杯引っ掛けておりました
ふと見ると飲み屋の主人がガタガタと身を震わせてそわそわと落ち着きのない様子

「オヤジ、どうかしたのかい?」
「へえ…実は 小便に行きたいんですがね…」
「なんだなんだ、小便くらいすぐ行って来なさいよ。あたしゃちゃんと待ってますから」
「はあ」
「もしかしたら勘定を踏み倒すとでも思ってるのかい?…まあそりゃあツケはちょっとばかり貯まっているかもしれないが」
男は財布をちょっと見せつつ
「今日はね、臨時に小遣いが入ったもんで。今までの分もまとめてきっかり払っていきますからね、心配いらないよ」
「いえ…実はですね、そっちもアレなんですが…もっと心配な事がありまして」
「なんだいそりゃ」
「最近 出るらしいんですよ」
「…小便の他に何か出るのかい?」
「違いますって…出るんですよ…コレが」
オヤジは両手をだらんと下げてちょいちょい、と無気味に手招きしてみせます
「幽霊がね、出るらしいんすよ…なんでも情夫に殺された男が恨みつらみのあまり夜な夜な現れるらしく…」
「男?…普通幽霊っていったら、女と相場が決まってるじゃないですか…」
「いや、その幽霊に限っては男なんだそうで。…なんでもそいつはね、男ばっかり襲うらしいんですよ…
捕まったら最後…こう、ガブッっとね、マラを食いちぎられちまう、とか…」