生暖かい風がどう〜…っと吹き
店の脇にある柳の葉を揺らしカサカサカサッ、と大袈裟な音を立てるので
男はその度にビクビクと肩を竦めつつ店主の帰りをじっと待ちます
「…あ〜…ヤバいね。どうにも背筋が寒くなって来ちまっていけないね」
少しでも気を紛らわそうと猪口をくっと傾け
残り少なくなったつまみを一口、また一口…
「しかし遅いね……あのオヤジ…小便くらいで何処まで行ったのかねえ…もしかしたら大きいほうだったのかね?それなら川でやっちまうと都合悪いね…こう、プクッっとブツが浮いて来ちまう…」
男がブツブツとこぼしていると、そこへ現れたのは切れ長の狐目の男
その男ときたら、白髪頭と刻まれた皺から察するにいい年の頃であろうと思われるのに 雰囲気がたいそう艶やかですっと鼻筋の通った美しい顔だちをしております
狐目男はのれんをつい、とくぐり、すぐ隣の席に…
その気配があまりに薄いので気になって視線を向けると、
狐目男も柘榴色の真っ赤な唇の端を少しだけ上げ薄く微笑んだような顔でこちらをじっと見ております
「兄さん、この辺じゃあ見かけない顔だね」
とりあえず誰でも傍に居てくれれば一安心、と男は胸をなで下ろし、相手の返事も待たずに話を続けます。
「悪いがね、ここの店主は今ちょっとヤボ用でね…もう暫くしたら帰ってくると思うんだが」
「いえ。構いませんので」
「構わないってこたないだろう…ホレ、なんならあたしの酒でよければつなぎに、どうです?ささ…」
男はそういって狐目男に杯を握らせ、とくとくと酒を注いでやります
狐目男はちょっと眉を寄せて困ったような顔をしてみせましたが、 素直に杯をあおり一気に飲み干してみせます
「おお、いい飲みっぷりだねえ…さ、もうひとつ…
それにしてもオヤジはどうしちまったのかね……つまみが足らなくなって来ちまった…」
男は目の前で美味しそうに湯気を立てているおでんを3種ばかり箸で摘まみ上げ、 すっかり空になった皿に移しました