はじめまして

某所からの転記をしておこうと思う。全部を移す必要はないだろうが、とりあえずここが最終的なアーカイブになるかもしれない。


2019年9月16日 13:27 

自身について書き始めたら、きっとそう面白くないことであっても、それなりの分量になると思います。何の特徴もない人生だから書くことなんて、と言う人もいますが、記録的に自分を顧みると意外とあるものです。

私の写真は人物のポートレートを撮るわけでもなければ、風景絶景をがっちり撮るわけでもないですし、ストリートスナップにしても中途半端なものが多いし、とにかくSNSで目立って惹きつけるタイプの写真を撮る人間でもありません。かなり地味で、薄味で、何を撮ったの?と言われそうなものも多いようです。なんかいいなと思ったら撮るというような感じで、こういう構図やタイミングでという事前のイメージを作ることができないのでした。これは、私が人の顔や名前などを覚えられないのと同様、事前の想像力(創造力)の欠如というのが、個人的な欠陥と言われています。交通事故を何度かやっているので、その後遺症とも言われていますが、取り戻せるわけではないのでもはや気にしていません。

しかしながら、Twitterで写真を毎日アップしていると、ちょくちょくとお声をかけていただけたり、評価してくださる方もいらっしゃって、最近とても嬉しいです。私の写真は大きく分けて、記録としてのものと、対象として撮ったものと、感応したものの三つに分けられます。切り分けてはいても、私が撮るものですから、そこから自身の感性を完全に除去はできませんので、記録的なものであってもやはり私の写真ではあります。いずれにせよ、どれかに共感してくださるということは、それは私の「なんかいいな」という感覚に近い領域をお持ちということで、私からも親近感を覚えます。ありがとうございます。

フィルムカメラはちょうど一年ほど前、つまり2018年の9月頃から始めました。デジタルカメラは写真を趣味として、という意味であれば2005年頃からです。2005年12月、発売と同時にNikon D200を購入して、写真にはまっていきました。途中休止期間を経て、二台目のカメラとして2018年6月にNikon Dfを購入しました。フィルムカメラはNikonのが一番多いとはいえ、いろんなメーカーのいろんなレンズを試してみたいという思いから、一年で数十台も集まってしまいました。どれが一番というのも難しいくらい、どれも好きなカメラです。きっとそれぞれ撮れている写真に違いはあるのでしょうが、何分薄味な写真ばかりなせいか、そこまで差が出ていないようです。さすがに中判カメラのゼンザブロニカS2は違うと思いますが。

 

何にしても、撮ることが楽しいし、楽しく撮っていきたいと思います。記録としての写真という形で、街並み(特に金沢)を撮っています。何十年か先に、風俗資料の一つとして、人によっては役立つかもしれない。記録写真は派手さはないですが、量が質となっていくということを、私は20代の頃思い知りました。なので撮っています。

のんびりとやっていきたいと思います。写真とかもピックアップして載せたりしてみたいです。では良き写真生活を。

うわ言

こんなことばかり、うわ言だよ。と言う唇が、ことばを耕している。つめたい舌は穴暗い喉の奥からやってきて、文節をまさぐる。刻みたい、とも聞こえる手元はやさしい土くれか。

葡萄、夜白

「熱を冷まし、静粛な気持ちをうながす夜で、私はそこに心なく歩む風なのでありました。その物語では夜は白く明るく、まちの人々はさらさらとした葡萄のような色を、いっとう愛しておりました。」

冬の樹木

薄暗い二重の薬莢が、
灰のよな空をずつと固定してゐる
まばたきをするたび、
私のちいさな悲鳴が指を打つてゐる

樹々はごうごうとさわぎ、
ざわざわとうわさ話をし、
やがて葉もなくなった頃に
いつだつたかあんな人がゐたねと
懐かしむのだつた。

薄明(2020.2.20)

文字を求むる

ひたたる水にそうっと挿してゐる、
あれは行方のない若い頃のわたしだ。
冷たい水に足をのばし、
ふわりと腐つたやうな泥に、
少しづつとらはれてゆくのを、
今のわたしは見てゐるほかない。
たゞその沼を渡らうとするその先に、
欝蒼とした森がたくさんの文字を蓄えて
深緑のくちをゆらゆらとひらいてゐる。

たとい水が冷たくとも、
私の、文字に對する飢ゑは
喉をかきむしるほどに、
擂鉢に穴ひらいてゐるのだつた。

石を置く

彼の花が狂つてしまつた朝に
その石を置いたので、
日蔭で笑つたかほに、
日なたにかほをしかめる様子に、
たゞ五歩ばかりの距離を置いて
見つめてゐた。

石が表情をかへるたびに、
私はペエジをめくつては、
そこに書いてある詩を音讀して遣り
かつての花の、そして今のその姿を
受入れられぬことを
少しかなしくなつて泣くのだつた。

薄明(2020.2.20)