とらへがたきもの

kart

最近やっと、ごくたまに、何かを写すときの心の動きだったり、言葉を繋いだり、浮かんだりといった本当に掴めるか掴めないかの刹那を垣間見ることができるようになった。以前あふれていたそれが、いつの間にか干上がってしまって、大事な大事な湧き水の不在に茫然としていた長い時間があったが、少しずつでいいから水を取り戻していきたい。写真に限らず、言葉に限らず…。しかし私はそのいずれかに縋りたいとは思っている。

アッ何だかこんな風(脳内のイメージ)に撮ってみたい、とか、脳内で言葉と言葉が、高速道路で握手していたみたいな、それは妄想だろうかと後になって思うようなものなのだが、私の中ではそれらが創作の欠片や種になっていて、いずれ作品として育ってくれる。しかし、その瞬間を見逃してしまうともうその心境や組み合わせに再度巡り合うことは難しい。

とらへがたきもの

いいねと言い合えたことも

魚腥草

D200を買って、写真を撮る楽しさがまた一気に広がっていた頃、同じようにデジタル一眼レフを初めて買って、また同じような心境で写真を撮っていた友人たちがいた。近くに住んではいなくても、夜には常駐するIRCやメッセンジャーなんかで写真を見せ合い、この写真はすごい、面白い、もっとこうしたら楽しそう、あんなふうに撮ってみたい、こんな機材も使ってみたいと盛り上がっていた頃を思い出す。

今は彼らも仕事があり、家庭があり、広がった色んな趣味や時間によって、あの頃のような時間の共有は失われてしまったが、私はたまに脳の薄皮がぺりぺりと偶然はがれるみたいにして、懐かしさが現代に露出してどうにもならなくなる。なにしろ今そういう話をできる相手がいない。当時と違って写真を撮ることは大変カジュアルな行為になり(スマホが理由である)、かといってがっつりカメラを趣味にした人と対等に盛り上がれるほど私は写真もカメラも詳しくないという引け目を持ち続けている。感じたよさを言語化する能力がそもそも高くないというのもあって、あうあうと言葉を失っていいねを押す程度に終わっている。そこから先のコミュニケーションに発展することがほとんどない…。

透かる

なんとなくいいね、これいいね、そんな風にただのボタンでなく言葉で言い合えた懐かしさを、今の皆はただ煩わしいものとしてとらえているのだろうか。別にいいねボタンやらを軽いものとして見ているわけではないが、いつか習慣は形式化していって、その行為一つ一つに想いを乗せることが減っていくように思われるのだ。自分の妄想とは言え、それが少し寂しくある。

いま私は以前から使っているFlickrに写真をアップロードし、そのほかにInstagramにも写真をアップロードしている。二つも使う必要はないのだが、なんとなくFlickrはproのときの名残で使い続けている。proは解約したものの、200枚の制限が撤廃されて要領方式になったので当分は今までのように使い続けられるだろう。

Instagramこそ写真を主体としたSNSではあるのだが、どう使ったものか迷いながらFlickrにあげるもののうちの一部を正方形にトリミングしてアップロードしている。フォロワーさんらがいいねしてくれることに感謝。携帯の写真だけでは物足りないなあと思っていた私も、最近やっとデジカメやらの写真を載せる方法を覚えたのだった。やっと覚えた、というあたりが、自分自身の加齢を感じる。

しばらくはここ個人ブログと、Flickr、Instagramに載せられたらと思う。問題は三日坊主を克服できるかだ。あと暑さ。皆さんも体調に気を付けて。

いいねと言い合えたことも

移り行くカメラ「Nikon Df」「Nikon D200」

Nikon Df

2018.6.24、Nikon Dfを購入。発売当時、頗る物欲が刺激され、それをおさめるのに苦労した覚えがあるが、発売からやがて5年ともなろうというこの時期になって、いろんなめぐりあわせによって購入に至った。新品でも中古でもない、展示品の売り切りである。外に持ち出されるようなことはなく、落下などもないだろうが、いろんな人の手に触れられてきたという経歴はある。若干の抵抗がないでもなかったが、新品しか店頭になかったのであれば、おそらくは購入にまでは至らなかったに違いない。シルバーの中古はあるにはあったが、つけるレンズとのバランスを考えるとブラックが無難であった。

この日、当日もD200で撮影もしていたし、フルサイズへの憧れも捨てきれないままずっと腹の底にくすぶるものは持っていたものの、それが一気に手元に引き寄せるだけの大きなエネルギーになったのは自分でも驚いている。先ほどもいったように、いろんなもののめぐりあわせなのだろうと思う。

かといって経済的余裕もないので、月々の支払いにすることとして、レンズも原資産があるからよかろうと思ったが、軽いAFの50mmはもっていなかったのでレンズキットであることもそのまま受け入れた。D200が中級機とはいえ重量のあるカメラだったので、Dfは少しばかり軽い。

Nikon D200

上の写真は愛機D200である。

そう、フルサイズ…初めてのフルサイズ機だ。D200を購入したのは2005.12.16、今からもう13年近く前である。当時中級機にはフルサイズデジタル一眼はなかったと思う。CanonのEOS5Dが確かフルサイズで、好みはニコン寄りとはいえ羨ましさを隠せなかったように思う。その時すでにフルサイズの方が当時“憧れていた写真”の雰囲気は作りやすかったのだろうが、実際に触ってみたらD200のシャッターの気持ちよさに満点をつけたのであったっけか。

Dfのシャッターの感覚がD200とはまた違い、少し物足りなさを感じはするけれど、またそれも慣れてくるだろうなと思う。大体にして、自分自身のカメラや写真に対する知識、そしてなにより腕、それらがこの十数年でどれだけ変わったというのだろう。おそらく大して変わってはいない。むしろ環境への慣れが、自分の写真への向き合い方を悪くしていっている自覚さえある。それを少しでも変えたいと思ったのも、いささか荒療治な買い物の理由のひとつであった。写真への、というか身の回りの空間、時間、景色、モノ、ヒト、空気、いろんなものへ、改めて惰性を捨てて向き合いたいと思う。せめて、一番熱をもって走り回った20代の写真とはまた違う、30代の写真を、あと5年もない間になんとか作ってみたい。他人からみればそう変わらなくてもよい。私は何も残せないことに恐怖している。

RICOH GR DIGITAL

サブで使っていた、RICOH GR DIGITAL(初期型)もカメラボックスに入ったままだった。バッテリーが持たなくなって、またカメラをそう持ち歩ける職場ではなかったのもあって、あまり使わなくなってしまった。悲しいことだ。GRDは2007.4.21に購入した。これも2005年、D200と同じ年に発売されたコンパクトデジタルカメラであったらしい。以前持っていたコンデジのLUMIXを不慮の事故で失ってしまい、携帯カメラも今ほど主流ではなかった頃だったのでコンデジが欲しい思いが妙にミーハーな物欲と結実し、これまた高嶺の花を強引に購入したものであった。経済的に余裕があったか?いやなかったろう。しかし仕事が忙しく、体も心も壊れてきていた頃だった。何か現実的な物欲で自分自身と現実を繋ぎとめておく必要があったのだった。カッコイイモノの所有欲が当時の私を満たしてくれたのだと思う。そうして、その年の瀬、勤めていた会社を辞め、別業種へと駆け出して行ったのだった。その中で先述のD200も、GRDも大いに自分を支えてくれたものの一つだった。

GRDは初期不良で一度修理には出したが、今も単四電池を入れれば動く。ちゃんとバッテリーを買いなおしてあげたいところである。近年はモノクロモードで無限遠かスナップでぱっぱぱっぱと適当に撮ってみるやり方をしていた。しかし人を撮るのは怖くて、できない。

レンズはD200購入から数年間の間に集中して収集した。今でも一番の使用頻度の35mmF2Dやプラナーの50mmやら。SIGMAの安めの望遠ズームとかトキナーの広角、Nikkor105mmF2.8VRとか…。今になって85mmくらいのレンズが欲しくはなっているが、あとはもう丈夫で素直でかっこいいD200が10年以上に渡って活躍して今に至る。今でも十分に使えるし、最初に好きになったシャッターの感覚は変わることがない。

Df

そしていらっしゃいませDfだ。フィルムカメラを彷彿とさせる見た目、現行シリーズからすると明らかに一般受けはしないだろうDfだが、これまた格好いい。もうフルサイズデジイチも普及して目新しいものではなくなったが、私自身がシャッターを切って、撮りだされる画は、それはそれは新鮮で、初めてD200や単焦点レンズのボケをみたときの気持ちを思い出した。これからの暑さにも負けずに楽しんで行きたい思いである。だが先の冬の雪がひどかったのと同じくらい今年の夏は暑すぎはせぬか。写真云々言っているうちに暑さで倒れてしまう…。

うだうだ書いたが、Nikon Dfをお迎えした日記であった。おわり。

移り行くカメラ「Nikon Df」「Nikon D200」